~Blue Moon

月がそっと見守ってくれる。

呪、をかける話。

桜が満開です。

桜を見ると、陰陽師を思い出すのです(私だけでしょうが)。

漠さんの陰陽師には、呪、の話がよく出てきます。

呪、というと怖いイメージがありますが、そんなことではなくて、

自分の名前も呪の一つなのです。

一人の人間に、名前をつけて呼ぶ。

もうそれで呪、なのです。

呼ばれて、振り向く。

それは呪にかかっているから。

それは自分を縛る、ということでもあり、言い換えれば、自分で解くこともできる。

 

自分を天才だ、と思えば、そういう呪なのだし、バカだと思えばそういう呪なのです。

他人の評価ではなく、自分がどう思うか、なのです。

あたかも他人がかけたように思える呪も、実は自分がかけてしまっている、とういうことはよくあることのような気がします。

 

桜はただ咲いているだけ。

それを、はかない、と思ったり、美しいと思ったりするのは、人の心。

変な言い方ですが、いつまでも美しく咲いている、と呪をかければ、いつまでも美しく咲いているのかもしれません。

あやしい言い方ですけどね(笑)。

お守りもそうなんですね。

守ってくれる、と思えば守ってくれるし、ただの紙、と思えばただの紙なのです。

 

実家に帰ったときにたっぷり断捨離しましたが、お守りが二つ出てきて。

1つは、多分おばちゃんにもらった受験お守り。

もう一つは高校受験のときに中学の恩師にもらったお守り。

どうしていいかわからなくてしまってあった。

たまたまどちらも天満宮のものだったので、今日、近所の神社に返納しにいこうと思います。

 

お守り。

何を信じるかは自分で決めること。

むやみに恐れることはないんだな。

 

ずっと、たたりとか、バチが当たる、とかそういうことを割りと恐れて生きてきました。

まったく間違いではないと思う。

 

でも。

 

恐れから義務ですることに意味はないかもしれない。

義務ってどこかで やりたくないけどしょうがない 気持ちがなくもない気がする。

それがおかしいとは思わないけど。

もうそれに縛られなくてもいい。

自分で縛らなくていい。

やりたかったらすればいい。

それだけ。

 

結婚して8年(多分)。

旦那の実家に行くたび、いつも後悔してた。

仏壇を拝む、という行為ができなくて。

うちは田舎なので、おばちゃんや身内は来ると必ず仏壇に手を合わせて帰る。

私は習慣になってないので、忘れてしまう。

で、できなくて後で自分を責める。

あの、誰も気にしてませんけど(笑)なんなら、旦那の家は仏壇閉まってたり(笑)。

なんかそうしないとバチが当たる気がしていたし、嫁失格のような気がしていた。

認めてもらえない気がしてた。

勝手に、呪をかけていた。

 

それに気付いてからは、自然にできるようになった。

手を合わせたくなる。

ありがとうって言いたくなる。

そんな風になりました。

いろんな変化あったけれど、なかなか気付かないことがたくさんあります。

小さいときからの、呪。

 

陰陽師って本当にいたのかどうかわからないけど、(いたんですよね、きっと)すごいなって思う。

呪をコントロールする。

己を知る。

エキスパートなのかな。

でもきっと孤独だったんだろうな、という気がする。

 

あー、でも女性としては清明に守られたい♪と思ったり♪

かっこよすぎでしょ。

 

話それましたが、桜、本当に今きれいです。

私、あの桜吹雪が好きで。

いつまでもそこに立っていたいと思う。

 

ではでは行って参ります。